ジョック速報

2ちゃんねるの萌えニュースをまとめているブログだよん

カテゴリ: インタビュー

1 :しじみ ★:2019/01/29(火) 18:53:36.20 ID:CAP_USER

サムネイル 話題のアニメの魅力をクリエーターに聞く「アニメ質問状」。今回は、「ガールズ&パンツァー」などの水島努さんが監督を務めるオリジナルアニメ「荒野のコトブキ飛行隊」です。バンダイナムコアーツの有澤亮哉プロデューサーに作品の魅力を語ってもらいました。

 −−作品の概要と魅力は?

 「ガールズ&パンツァー」の水島努監督が描く、“美少女×レシプロ戦闘機”アニメです。西部劇のような荒野を舞台に、すご腕の女の子チーム「コトブキ飛行隊」の活躍を描きます。大迫力の空戦アクションや戦闘機描写へのこだわりはもちろん、女の子同士のテンポのよい掛け合い、そしてオリジナル作品ならではの最後まで先の読めない物語にもご注目ください!

 −−アニメにするときに心がけたことは?

 水島監督はじめ、スタッフ全員「飛行機描写には妥協しない」というのは企画初期から決めていました。戦闘機の見た目や動きもそうですが、特に心がけているのはレシプロ機ならではの「重力を感じる動き」です。独特の浮遊感や、落下による加速、揚力を表現するために何度も何度もリテークを重ねています。操縦席での操作からワンテンポ遅れて機体が動くなど、風を受けて動く飛行機の構造を理解しているからこそ出せる映像の説得力は、本当にスタッフの皆さんのこだわりのたまものです。

 −−作品を作る上でうれしかったこと、逆に大変だったことは?

 うれしいのは何よりも出来上がった本編を見る瞬間です。第1話で隼のエンジン音と風切り音が浜口史郎さんの音楽に乗って聴こえてきた時は感無量でした。あとは、現場で水島監督の笑顔が見られるとうれしいですね(笑い)。すごく忙しい中だけど楽しんでくれているのかな、と勝手にホッとしています(笑い)。

 大変だったのは、当時の飛行機の資料集めです。ミリタリー監修の二宮茂幸さんに当時の資料を探していただいたのですが、思った以上に残っていないんです。例えば、操縦席の計器やレバーの存在も役割も分かるけど、実際にどういう動きをしていたのかは分からない。膨大な資料の中から断片をかき集めて、検証を重ねて、そんなスタッフの皆さんの苦労の末にあの第1話の発進シークエンスは完成しています。

 −−今後の見どころを教えてください。

 やっぱり一番は飛行機です。どんな機体が出てきて、どんな空戦を繰り広げるのか楽しみにしていてください。私自身も毎回どんな映像になっているのか、楽しみにしていますので、皆様もぜひ!! そして、コトブキ飛行隊の6人の活躍、成長もキチンと描かれているので、すごく強いけど少し不器用な彼女たちを見守っていていただけるとうれしいです。

 −−ファンへ一言お願いします。

 映像も物語も、かなりの情報量をこれでもかと詰め込んでいます。なので勢いにビックリされるかもしれませんが、サービス精神旺盛でおちゃめな水島監督らしい作品になっていると思いますので、ぜひ肩の力を抜いて楽しんでいただきたいと思います。コトブキ飛行隊、一機入魂!

https://amd.c.yimg.jp/im_sigg0mjlrkdekdqFE7kmeCx1Tg---x400-y225-q90-exp3h-pril/amd/20190126-00000050-mantan-000-1-view.jpg

https://mantan-web.jp/article/20190126dog00m200057000c.html

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1 :しじみ ★:2018/08/18(土) 16:48:12.99 ID:CAP_USER

サムネイル ■計発行部数1,100万部超の小説家・富野由悠季が“ペンを折った”理由 「僕は踏み込めない弱虫だった」

 来年、40周年を迎える『機動戦士ガンダム』シリーズ。先日、サンライズとレジェンダリーが共同制作による初の実写映画化が話題となるなど、今なお衰えない“コンテンツ力”でファンの心を捉えている。そこで今回、シリーズの生みの親にして、76歳の現役アニメ監督・富野由悠季氏のインタビューを前・後編にわたって特集する。前編では、富野監督の小説家としての功績を振り返ると共に、昨今人気の“異世界転生もの”の先駆的役割を果たした「ファンタジー小説」について。そして後編では、現在進行中の映画『Gのレコンギスタ』の制作進捗や新作構想についてインタビューを行う。

■小説家としての自負と挫折感 「作家としてのモチベーションが足りなかった」

近年も衰えぬ創作意欲で常に新作へと挑み続ける富野監督。一方で、氏は70冊以上の小説を上梓した“小説家”としての一面も持つ。アニメ監督、演出家、脚本家、作詞家、小説家…、あらゆる分野で結果を出し続けるスーパークリエイター・富野由悠季にとって“小説”とは何か? そして、小説家として「ペンを折った」その真意とは?

——インタビューに先立って角川書店の担当者に問い合わせたところ、富野監督が執筆された小説の累計発行部数は1,100万部超(紙書籍のみ)とのことでした。

◇富野由悠季 うそ、知らなかったよ(笑)。数字の上ではそうかもしれませんが、2010年に『リーンの翼』(新装版・角川書店)を上梓した時点でペンを折ったんです。それはなぜかといえば、その時点で小説家としての評価が一切聞こえてこなかったからです。
——富野監督はそう謙遜されますが、アニメ監督としてこれほどのタイトルと部数を記録した方は他にはいないでしょう。TVアニメとは結末が異なる小説版『機動戦士ガンダム』(1979年/ソノラマ文庫)や、『閃光のハサウェイ』(1989年/角川スニーカー文庫)など読者の心に強いインパクトを残した作品があり、今なおネットで話題となります。また、1995年に上梓された『王の心』(カドカワノベルズ)では、その妖美な世界観に魅了された読者も多いです。

◇富野由悠季 『王の心』に関しては、僕は統治論の話をよくしていますが、果たしてガバナンスというものを個人でできるのだろうか? と思った時に、結局、組織は個人から離れていくものだと考え、それを組織から排除されていた時の王の立場から書いたのが、『王の心』です。

——家族や国民の行く末を、亡霊となっても見守り続ける主役のグラン王の姿が当時の富野監督を想起させ、とても興味深い内容でした。

富野由悠季個人で組織の問題を描きたいと思いながら、それを書ききれかった意味では、『王の心』は一つの到達点であると同時に、“人間を洞察できない富野”を自覚した作品でもあります。結局、自分には作家としてのモチベーションが足りなかったのでしょう。

——富野監督の人間描写は一般的に高い評価を受けていると思いますが?

◇富野由悠季 本当に作家性がある人は、僕以上に“対象に対する観察眼”を持っているか、徹底的に調べている人です。つまり、モデルに対してすごく踏み込んだ形で書くことができます。しかし、大学時代のカメラを扱った経験と、虫プロの後に1年だけやったCMの仕事で分かったのは、僕はそこまで踏み込めない弱虫であると同時に、無精者であるということ。だから自分の手の内、つまりデスクワークで出来る範囲で済ませちゃう。僕がアニメをやったのは、まさにその手癖を自覚したからです。

https://contents.oricon.co.jp/special/img/51000/51605/detail/img660/1534496474326.jpg
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続く)
https://www.oricon.co.jp/special/51605/

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1 :しじみ ★:2018/08/18(土) 16:48:12.99 ID:CAP_USER

サムネイル ■計発行部数1,100万部超の小説家・富野由悠季が“ペンを折った”理由 「僕は踏み込めない弱虫だった」

 来年、40周年を迎える『機動戦士ガンダム』シリーズ。先日、サンライズとレジェンダリーが共同制作による初の実写映画化が話題となるなど、今なお衰えない“コンテンツ力”でファンの心を捉えている。そこで今回、シリーズの生みの親にして、76歳の現役アニメ監督・富野由悠季氏のインタビューを前・後編にわたって特集する。前編では、富野監督の小説家としての功績を振り返ると共に、昨今人気の“異世界転生もの”の先駆的役割を果たした「ファンタジー小説」について。そして後編では、現在進行中の映画『Gのレコンギスタ』の制作進捗や新作構想についてインタビューを行う。

■小説家としての自負と挫折感 「作家としてのモチベーションが足りなかった」

近年も衰えぬ創作意欲で常に新作へと挑み続ける富野監督。一方で、氏は70冊以上の小説を上梓した“小説家”としての一面も持つ。アニメ監督、演出家、脚本家、作詞家、小説家…、あらゆる分野で結果を出し続けるスーパークリエイター・富野由悠季にとって“小説”とは何か? そして、小説家として「ペンを折った」その真意とは?

——インタビューに先立って角川書店の担当者に問い合わせたところ、富野監督が執筆された小説の累計発行部数は1,100万部超(紙書籍のみ)とのことでした。

◇富野由悠季 うそ、知らなかったよ(笑)。数字の上ではそうかもしれませんが、2010年に『リーンの翼』(新装版・角川書店)を上梓した時点でペンを折ったんです。それはなぜかといえば、その時点で小説家としての評価が一切聞こえてこなかったからです。
——富野監督はそう謙遜されますが、アニメ監督としてこれほどのタイトルと部数を記録した方は他にはいないでしょう。TVアニメとは結末が異なる小説版『機動戦士ガンダム』(1979年/ソノラマ文庫)や、『閃光のハサウェイ』(1989年/角川スニーカー文庫)など読者の心に強いインパクトを残した作品があり、今なおネットで話題となります。また、1995年に上梓された『王の心』(カドカワノベルズ)では、その妖美な世界観に魅了された読者も多いです。

◇富野由悠季 『王の心』に関しては、僕は統治論の話をよくしていますが、果たしてガバナンスというものを個人でできるのだろうか? と思った時に、結局、組織は個人から離れていくものだと考え、それを組織から排除されていた時の王の立場から書いたのが、『王の心』です。

——家族や国民の行く末を、亡霊となっても見守り続ける主役のグラン王の姿が当時の富野監督を想起させ、とても興味深い内容でした。

富野由悠季個人で組織の問題を描きたいと思いながら、それを書ききれかった意味では、『王の心』は一つの到達点であると同時に、“人間を洞察できない富野”を自覚した作品でもあります。結局、自分には作家としてのモチベーションが足りなかったのでしょう。

——富野監督の人間描写は一般的に高い評価を受けていると思いますが?

◇富野由悠季 本当に作家性がある人は、僕以上に“対象に対する観察眼”を持っているか、徹底的に調べている人です。つまり、モデルに対してすごく踏み込んだ形で書くことができます。しかし、大学時代のカメラを扱った経験と、虫プロの後に1年だけやったCMの仕事で分かったのは、僕はそこまで踏み込めない弱虫であると同時に、無精者であるということ。だから自分の手の内、つまりデスクワークで出来る範囲で済ませちゃう。僕がアニメをやったのは、まさにその手癖を自覚したからです。

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1 :しじみ ★:2018/08/18(土) 16:48:12.99 ID:CAP_USER

サムネイル ■計発行部数1,100万部超の小説家・富野由悠季が“ペンを折った”理由 「僕は踏み込めない弱虫だった」

 来年、40周年を迎える『機動戦士ガンダム』シリーズ。先日、サンライズとレジェンダリーが共同制作による初の実写映画化が話題となるなど、今なお衰えない“コンテンツ力”でファンの心を捉えている。そこで今回、シリーズの生みの親にして、76歳の現役アニメ監督・富野由悠季氏のインタビューを前・後編にわたって特集する。前編では、富野監督の小説家としての功績を振り返ると共に、昨今人気の“異世界転生もの”の先駆的役割を果たした「ファンタジー小説」について。そして後編では、現在進行中の映画『Gのレコンギスタ』の制作進捗や新作構想についてインタビューを行う。

■小説家としての自負と挫折感 「作家としてのモチベーションが足りなかった」

近年も衰えぬ創作意欲で常に新作へと挑み続ける富野監督。一方で、氏は70冊以上の小説を上梓した“小説家”としての一面も持つ。アニメ監督、演出家、脚本家、作詞家、小説家…、あらゆる分野で結果を出し続けるスーパークリエイター・富野由悠季にとって“小説”とは何か? そして、小説家として「ペンを折った」その真意とは?

——インタビューに先立って角川書店の担当者に問い合わせたところ、富野監督が執筆された小説の累計発行部数は1,100万部超(紙書籍のみ)とのことでした。

◇富野由悠季 うそ、知らなかったよ(笑)。数字の上ではそうかもしれませんが、2010年に『リーンの翼』(新装版・角川書店)を上梓した時点でペンを折ったんです。それはなぜかといえば、その時点で小説家としての評価が一切聞こえてこなかったからです。
——富野監督はそう謙遜されますが、アニメ監督としてこれほどのタイトルと部数を記録した方は他にはいないでしょう。TVアニメとは結末が異なる小説版『機動戦士ガンダム』(1979年/ソノラマ文庫)や、『閃光のハサウェイ』(1989年/角川スニーカー文庫)など読者の心に強いインパクトを残した作品があり、今なおネットで話題となります。また、1995年に上梓された『王の心』(カドカワノベルズ)では、その妖美な世界観に魅了された読者も多いです。

◇富野由悠季 『王の心』に関しては、僕は統治論の話をよくしていますが、果たしてガバナンスというものを個人でできるのだろうか? と思った時に、結局、組織は個人から離れていくものだと考え、それを組織から排除されていた時の王の立場から書いたのが、『王の心』です。

——家族や国民の行く末を、亡霊となっても見守り続ける主役のグラン王の姿が当時の富野監督を想起させ、とても興味深い内容でした。

富野由悠季個人で組織の問題を描きたいと思いながら、それを書ききれかった意味では、『王の心』は一つの到達点であると同時に、“人間を洞察できない富野”を自覚した作品でもあります。結局、自分には作家としてのモチベーションが足りなかったのでしょう。

——富野監督の人間描写は一般的に高い評価を受けていると思いますが?

◇富野由悠季 本当に作家性がある人は、僕以上に“対象に対する観察眼”を持っているか、徹底的に調べている人です。つまり、モデルに対してすごく踏み込んだ形で書くことができます。しかし、大学時代のカメラを扱った経験と、虫プロの後に1年だけやったCMの仕事で分かったのは、僕はそこまで踏み込めない弱虫であると同時に、無精者であるということ。だから自分の手の内、つまりデスクワークで出来る範囲で済ませちゃう。僕がアニメをやったのは、まさにその手癖を自覚したからです。

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1 :朝一から閉店までφ ★:2018/02/28(水) 16:12:01.19 ID:CAP_USER

サムネイル 聞き手・鈴木康朗2018年2月28日11時15分

写真・図版
 プリキュア初代プロデューサーの鷲尾天さん=東京都中野区

 3月8日は、国連が定めた「国際女性デー」です。男女格差が大きいとされる日本を、次代を担う若い人たち、とりわけ女の子たちが性別にとらわれず生きることができる社会に——。
人気アニメ「プリキュア」シリーズの初代プロデューサーの鷲尾天さんは、「女の子が、自分たちの足で地に立つことが一番」と語ります。
     ◇

 女の子向けのアニメをやってくれ、と会社に言われて「無理無理。女の子の気持ちもわからないのに」って思いました。でも、チャレンジするしかありませんでした。

 企画書に書いたコンセプトは「女の子だって暴れたい!」です。それまでの女の子向けアニメは「魔法もの」が多くて、アクションがあまりないなと思っていました。
「絶対に格好いいんだけどなあ。よし、それを形にしちゃえ」と。普通の少女が変身して敵と戦う「プリキュア」が、こうして生まれました。

 初代プリキュアは2人組です。イメージしたのは、映画「48時間」や「ダーティハリー」、テレビドラマの「トミーとマツ」。東映アニメーションに転職する前は、あまりアニメを見ていませんでしたから、モデルとして浮かんだのは実写でした。

 入社前は、地元の秋田朝日放送で報道記者をやったり、ドキュメンタリーを制作したりしていました。映像制作の面白さを感じて、より多くの人に見てもらうものを東京で作ろうと、東映アニメーションの中途採用に応募したんです。
最終面接で「アニメについて何も知らないのですが、いいんですか」と聞くと、当時の部長は「その方がいいんだ」。業界の外にいる人の考えを採り入れようということだったみたいです。

 修業期間を経てアニメのプロデューサーになって、「金田一少年の事件簿」や「キン肉マン�U世」などを手がけました。まあ、基本的に男の子向けですよね。
小さな女の子向けで、しかも原作がないというのも初めてだったのが、プリキュアでした。

     ===== 後略 =====
全文は下記URLで


     ◇

 わしお・たかし 1965年生まれ。秋田県出身。秋田朝日放送などを経て、98年に東映アニメーションに入社。「釣りバカ日誌」や「キン肉マン�U世」などをプロデュース。
2004年に放送が始まった「ふたりはプリキュア」以来、プリキュアシリーズのプロデューサーを5年連続で務めた。現在は東映アニメーション執行役員。
https://www.asahi.com/articles/ASL2W65XCL2WUTIL04V.html

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1 :朝一から閉店までφ ★:2018/02/28(水) 16:12:01.19 ID:CAP_USER

サムネイル 聞き手・鈴木康朗2018年2月28日11時15分

写真・図版
 プリキュア初代プロデューサーの鷲尾天さん=東京都中野区

 3月8日は、国連が定めた「国際女性デー」です。男女格差が大きいとされる日本を、次代を担う若い人たち、とりわけ女の子たちが性別にとらわれず生きることができる社会に——。
人気アニメ「プリキュア」シリーズの初代プロデューサーの鷲尾天さんは、「女の子が、自分たちの足で地に立つことが一番」と語ります。
     ◇

 女の子向けのアニメをやってくれ、と会社に言われて「無理無理。女の子の気持ちもわからないのに」って思いました。でも、チャレンジするしかありませんでした。

 企画書に書いたコンセプトは「女の子だって暴れたい!」です。それまでの女の子向けアニメは「魔法もの」が多くて、アクションがあまりないなと思っていました。
「絶対に格好いいんだけどなあ。よし、それを形にしちゃえ」と。普通の少女が変身して敵と戦う「プリキュア」が、こうして生まれました。

 初代プリキュアは2人組です。イメージしたのは、映画「48時間」や「ダーティハリー」、テレビドラマの「トミーとマツ」。東映アニメーションに転職する前は、あまりアニメを見ていませんでしたから、モデルとして浮かんだのは実写でした。

 入社前は、地元の秋田朝日放送で報道記者をやったり、ドキュメンタリーを制作したりしていました。映像制作の面白さを感じて、より多くの人に見てもらうものを東京で作ろうと、東映アニメーションの中途採用に応募したんです。
最終面接で「アニメについて何も知らないのですが、いいんですか」と聞くと、当時の部長は「その方がいいんだ」。業界の外にいる人の考えを採り入れようということだったみたいです。

 修業期間を経てアニメのプロデューサーになって、「金田一少年の事件簿」や「キン肉マン�U世」などを手がけました。まあ、基本的に男の子向けですよね。
小さな女の子向けで、しかも原作がないというのも初めてだったのが、プリキュアでした。

     ===== 後略 =====
全文は下記URLで


     ◇

 わしお・たかし 1965年生まれ。秋田県出身。秋田朝日放送などを経て、98年に東映アニメーションに入社。「釣りバカ日誌」や「キン肉マン�U世」などをプロデュース。
2004年に放送が始まった「ふたりはプリキュア」以来、プリキュアシリーズのプロデューサーを5年連続で務めた。現在は東映アニメーション執行役員。
https://www.asahi.com/articles/ASL2W65XCL2WUTIL04V.html

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1 :朝一から閉店までφ ★:2017/11/03(金) 20:02:35.17 ID:CAP_USER

サムネイル 「文春オンライン」編集部
8時間前


1917年のロシア革命から今年で100年。ソ連大好き声優・上坂すみれさんのご登場です。ソ連崩壊の91年に生を受けた上坂さん。
3回連続ロングインタビューの1回目は“余は如何にして共産趣味者となりしか”。ウラー!
(全3回の1回目 #2、#3も公開中)



YouTubeでレーニン演説やプロパガンダ映像を見聴きしていました

——ズドラーストヴィチェ。こんにちは。よろしくお願いします。

上坂 ズドラーストヴィチェ。よろしくお願いします。

——さすがの発音ですね。今年はロシア革命から100年ということで、上坂さんにお話をお伺いします。

上坂 いいんですか、私で。亀山郁夫先生とかもっと詳しい方はたくさんいらっしゃると思うのですが……。

——亀山さんでも、佐藤優さんでもなく、上坂さんなんです。

上坂 ありがとうございます。

——そもそもなぜソ連がお好きなのか。その経緯からお話を聞かせていただけますか?

上坂 高校1年生のときに、YouTubeでたまたまソ連の国歌「祖国は我らのために」を聴いたんです。
それまでは恥ずかしながら、モスクワがどこにあるかも知らないくらいだったんですが、国歌を聴いて急に興味が湧いたんです。
それで関連動画を次々に見ていって、ソ連にはまったんです。

     ===== 後略 =====
全文は下記URLで

http://bunshun.jp/articles/-/4789

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1 :朝一から閉店までφ ★:2018/02/28(水) 16:12:01.19 ID:CAP_USER

サムネイル 聞き手・鈴木康朗2018年2月28日11時15分

写真・図版
 プリキュア初代プロデューサーの鷲尾天さん=東京都中野区

 3月8日は、国連が定めた「国際女性デー」です。男女格差が大きいとされる日本を、次代を担う若い人たち、とりわけ女の子たちが性別にとらわれず生きることができる社会に——。
人気アニメ「プリキュア」シリーズの初代プロデューサーの鷲尾天さんは、「女の子が、自分たちの足で地に立つことが一番」と語ります。
     ◇

 女の子向けのアニメをやってくれ、と会社に言われて「無理無理。女の子の気持ちもわからないのに」って思いました。でも、チャレンジするしかありませんでした。

 企画書に書いたコンセプトは「女の子だって暴れたい!」です。それまでの女の子向けアニメは「魔法もの」が多くて、アクションがあまりないなと思っていました。
「絶対に格好いいんだけどなあ。よし、それを形にしちゃえ」と。普通の少女が変身して敵と戦う「プリキュア」が、こうして生まれました。

 初代プリキュアは2人組です。イメージしたのは、映画「48時間」や「ダーティハリー」、テレビドラマの「トミーとマツ」。東映アニメーションに転職する前は、あまりアニメを見ていませんでしたから、モデルとして浮かんだのは実写でした。

 入社前は、地元の秋田朝日放送で報道記者をやったり、ドキュメンタリーを制作したりしていました。映像制作の面白さを感じて、より多くの人に見てもらうものを東京で作ろうと、東映アニメーションの中途採用に応募したんです。
最終面接で「アニメについて何も知らないのですが、いいんですか」と聞くと、当時の部長は「その方がいいんだ」。業界の外にいる人の考えを採り入れようということだったみたいです。

 修業期間を経てアニメのプロデューサーになって、「金田一少年の事件簿」や「キン肉マン�U世」などを手がけました。まあ、基本的に男の子向けですよね。
小さな女の子向けで、しかも原作がないというのも初めてだったのが、プリキュアでした。

     ===== 後略 =====
全文は下記URLで


     ◇

 わしお・たかし 1965年生まれ。秋田県出身。秋田朝日放送などを経て、98年に東映アニメーションに入社。「釣りバカ日誌」や「キン肉マン�U世」などをプロデュース。
2004年に放送が始まった「ふたりはプリキュア」以来、プリキュアシリーズのプロデューサーを5年連続で務めた。現在は東映アニメーション執行役員。
https://www.asahi.com/articles/ASL2W65XCL2WUTIL04V.html

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1 :田中 ★:2018/01/31(水) 16:01:38.86 ID:CAP_USER

サムネイル 2018/1/31 12:30

湖川友謙さんのお名前を知っていますか? 湖川さんは、1970年代から現在に至るまで第一線の現役アニメーションクリエイターとして活動しているアニメ業界のレジェンドです。
富野由悠季監督とのコンビで手掛けた『伝説巨神イデオン』や『戦闘メカザブングル』、『聖戦士ダンバイン』などのロボットアニメは、人気ゲーム『スーパーロボット大戦』を通じて幅広い世代に知られています。

また、2017年2月から随時イベント公開という形で上映されている『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』。この作品に原画スタッフで参加しており、いまだに現役でもあるのです。

アニメイトタイムズでは、そんな湖川さんの「過去から現在までの道のりに迫る!」として、アニメーター人生を劇場用長編とテレビアニメ両方にわたってうかがってきました。
 
湖川友謙 プロフィール
湖川友謙(こがわ とものり)1950年生まれ 北海道出身。

『巨人の星』(68年)の動画からアニメーションの仕事を始め、『科学忍者隊ガッチャマン』(72年)、『破裏拳ポリマー』(74年)などタツノコプロ作品の原画を手掛ける。
キャラクターデザイン、総作画監督を務めた劇場用アニメ『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(78年)は、映画史に残る大ヒットを記録した。

70年代後半からは富野由悠季監督とコンビを組み『無敵鋼人ダイターン3』(78年)から『重戦機エルガイム』(84年)まで、サンライズ制作のロボットアニメで活躍。
『新世紀エヴァンゲリオン』(95年)での花畑まう名義の作画監督を含め、複数のペンネームで多くのアニメに関わっている。

00年以降は『さよなら絶望先生』(07年)、『俗・さよなら絶望先生』(08年)、『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』(09年)、『ふるさと再生 日本の昔ばなし』(12年)、
『宇宙戦艦ヤマト2199』(12年)、『ルパン三世』(15年)、『6HP シックスハートプリンセス』(17年)などの作品で活躍を続けている。

主な代表作
『科学忍者隊ガッチャマン』(1972年)
『破裏拳ポリマー』(1974年)
『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(1978年)
『銀河鉄道999』(1978年)
『無敵鋼人ダイターン3』(1978年)
『伝説巨神イデオン』(1978年)
『戦闘メカザブングル』(1982年)
『聖戦士ダンバイン』(1983年)
『重戦機エルガイム』(1984年)
『オーディーン 光子帆船スターライト』(1985年)
『宇宙の騎士テッカマンブレード』(1992年)
『さよなら絶望先生』(2007年)
『俗・さよなら絶望先生』(2008年)
『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』(2009年)
『ふるさと再生 日本の昔ばなし』(2012年)
『宇宙戦艦ヤマト2199』(2012年)
『ルパン三世』(2015年)

〜後略〜

https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1516171699

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1 :朝一から閉店までφ ★:2017/11/03(金) 20:02:35.17 ID:CAP_USER

サムネイル 「文春オンライン」編集部
8時間前


1917年のロシア革命から今年で100年。ソ連大好き声優・上坂すみれさんのご登場です。ソ連崩壊の91年に生を受けた上坂さん。
3回連続ロングインタビューの1回目は“余は如何にして共産趣味者となりしか”。ウラー!
(全3回の1回目 #2、#3も公開中)



YouTubeでレーニン演説やプロパガンダ映像を見聴きしていました

——ズドラーストヴィチェ。こんにちは。よろしくお願いします。

上坂 ズドラーストヴィチェ。よろしくお願いします。

——さすがの発音ですね。今年はロシア革命から100年ということで、上坂さんにお話をお伺いします。

上坂 いいんですか、私で。亀山郁夫先生とかもっと詳しい方はたくさんいらっしゃると思うのですが……。

——亀山さんでも、佐藤優さんでもなく、上坂さんなんです。

上坂 ありがとうございます。

——そもそもなぜソ連がお好きなのか。その経緯からお話を聞かせていただけますか?

上坂 高校1年生のときに、YouTubeでたまたまソ連の国歌「祖国は我らのために」を聴いたんです。
それまでは恥ずかしながら、モスクワがどこにあるかも知らないくらいだったんですが、国歌を聴いて急に興味が湧いたんです。
それで関連動画を次々に見ていって、ソ連にはまったんです。

     ===== 後略 =====
全文は下記URLで

http://bunshun.jp/articles/-/4789

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1 :朝一から閉店までφ ★:2017/08/13(日) 11:31:17.23 ID:CAP_USER

サムネイル 2017/8/12 19:45
【インタビュー】TVアニメ『異世界食堂』井上和彦さんが先代店主役を通して感じたコト【GUEST NOTE 7P】

 アニメイトタイムズで実施中のTVアニメ『異世界食堂』(原作:犬塚惇平/主婦の友社「ヒーロー文庫」刊)のインタビュー連載企画「異世界食堂 GUEST NOTE」。

 連載第6回目となる今回のゲストは、何度か本編でも登場した先代店主役・井上和彦さん! 作品についてや演じるキャラクターの印象などをメールインタビューにてお伺い致しました。


>>《声優インタビュー連載バックナンバーはコチラ》


先代店主役を通してみた現店主の印象

——原作を読んだり、実際に演じて感じた作品の印象は?

先代店主役・井上和彦さん(以下、井上):異世界のなのに、馴染みのある食べ物で感動する面白さ。よくある食べ物だけに親しみがあっていいな〜と思いました。この作品を見ると、取り上げられた食べ物が食べたくなります。

——ご自身が演じるキャラの印象は?

井上:先代の店主、一見味にこだわりのある頑固爺さん、でも食を大切にする優しい人。食べる人に幸せになってほしいという気持ちを感じます。

——3話の「チョコレートパフェ」では若い頃の店主(孫)との掛け合いもありましたが、店主(孫)についてどう思われますか?

井上:しっかりした男だな〜、こいつになら店を任せられるな〜と思っているに違いない!と思いました。
 

井上和彦さんが最近はまっている料理

——5話で先代は戦いに勝てるようにとライオネルにカツ丼を提供しましたが、大切な仕事などの前に縁起をかついでやることは? または先代はカツ丼を「戦う男のメシ」と紹介しましたが、思い浮かぶ「男メシ」とは?

井上:縁起をかつぐことは特にしません。男飯!ですか〜。カツ丼は子供の頃からよく言われていましたね〜。懐かしい。あと、納豆やオクラ、山芋などネバネバした食べ物は「粘り強くなる」だから食べなさい!とよく両親から言われていました。

     ===== 後略 =====
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(C)犬塚惇平・主婦の友社/「異世界食堂」製作委員会

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1 :朝一から閉店までφ ★:2017/11/09(木) 19:45:14.14 ID:CAP_USER

サムネイル 連載 クローズアップ
原作者が語る、テレビ版『はいからさんが通る』が尻切れトンボで終わった理由

大和和紀——クローズアップ

岸川真 11分前

 少女漫画の金字塔『はいからさんが通る』が劇場版アニメとして帰ってくる。お転婆娘のヒロイン、花村紅緒が大正時代を舞台に駆け抜ける恋と成長の物語。累計売上1200万部を超え、今なお読み継がれる名作だ。
原作者・大和和紀さんも昨年画業50周年を迎え、満を持しての劇場公開となるが、実は『はいからさん』のアニメには隠された歴史があるそうだ。

「1978年6月から翌年の3月まで放映されていたテレビ版は、尻切れトンボで終わってるんです。打ち切りと言われているけど、本当は80年のモスクワ五輪(のち、日本は不参加)の生中継がアニメの時間枠に決まっちゃって。
当時、私は製作にタッチしてないのに、『あと3回分しか続けられません、どうしましょう』と相談されましてね。放映時点での物語は原作の半ば、ミハイロフ侯爵が現れたところ。あれじゃいくら原作者でもまとめようがなかった(笑)。
以来、製作元の日本アニメーションさんが気にかけてくださっていて、是非完結させたいというお話が来たんです」

『はいからさん』で大正期を描く大和さんは、デビュー前から歴史ものが好きだった。

「高校1年の時に初めて描いた漫画が忍者もの。同級生が回し読みして最初は好評だったんだけど、男子趣味が強くて飽きられてね(笑)。慌てて宝塚歌劇団のテレビ中継を観てキラキラした世界を描いたら、今度はウケてホッとしました。
プロになって好きな歴史ものに初挑戦したのが平安時代を舞台にした『ラブパック』(73年)。当時はラブコメ全盛で、史劇はとっつきにくいジャンルでした。だけど『源氏物語』などの古典や歴史小説が大好きだから、編集者にお願いしたの。
これが好評だったお陰で明治時代を描いた伝記『レディーミツコ』(75年)や『はいからさん』へと続いたんです。史実の間をドラマで埋めるのは楽しい作業。『イシュタルの娘〜小野於通伝〜』も私が好きな武将を全部描きたい、から始まったんです(笑)」

     ===== 後略 =====
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http://bunshun.jp/articles/-/4866?page=1

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